研究現場にお邪魔しました

少し前、とある大学院の研究室に2ヶ月ほど通っていました。

“研究と現場の橋渡し”というのは我々スポーツ医科学界でもお馴染みの格言の一つですが、先輩指導者からその研究室をご紹介頂き、自ら身体を張ってそれを実践(?)してみたわけです。と言っても私自身は研究者でもなんでもないので、ある実験の被験者をさせて頂いただけなのですが。

 実験内容は運動負荷試験と呼ばれる類のもので、栄養状態をコントロールした中で疲労困憊まで運動し、その際の身体の色々なデータを取って…というものです。と、文字にすると簡単ですが、アラフォー目前の身体に鞭打って疲労困憊まで自転車エルゴーメーターを漕いだりするので、実はとてもキツい作業です。心拍数も200近くまで上がります。また、栄養コントロールのために前日からカフェイン摂取禁止(ついでにトレーニングも前々日から禁止)、12時間前からは絶食という規定があったので、こちらも結構堪えます(特にコーヒー好きとしては、カフェイン禁止が意外に辛かったです)。

 そうした中で実験当日は空腹を抱えながら研究室にたどり着くのですが、やっと朝食にありつける…と思いきや、「コントロール食」ということで、待っているのは必要熱量分のカロリーメイトと水のみだったりします。キツイ運動へのモチベーションも正直、上げづらいです(苦笑)。実験が無事終了した際は、「さすがにしばらくはカロリーメイトは遠慮したいですねぇ」と担当の先生と笑ってしまったほどでした。(その4日後、震災ボランティアに参加して昼食時にカロリーメイトにすぐに再会することになりましたが…。)  

 いずれにせよ、こんな感じでおよそ2ヶ月に渡って実験被験者をやらせて頂いたわけですが、結論としては「とても楽しかった!」のです。普段なかなか触れることの出来ない医科学研究の現場の雰囲気やそこで働く方々、そして自分自身の正確な運動能力などを見て、聞いて、解説してもらえたことは現場の人間として、この業界の一員として非常に勉強になりました。

 私も含めて、特にフィットネス指導の現場にいる人間は自分のVO2maxや血中乳酸濃度を測ってもらえる機会などそう多くはないはずです。しかし、当然ながらクラブの会員さんやクライアントさんにはそれらを推定しながらトレーニングプログラムを作成する必要がありますし、それぞれの用語についてもしっかりと説明する義務があります。医療現場と同様に、運動指導の現場でも「インフォームド・コンセント」が必要とされているのはご存知の通りです。

 運動不足のオバちゃんがバイクで簡易式のVO2maxを測定して、55ml/kg/min.という数値が出た際に、それを疑ってかかることが出来ますか? どうやって説明しますか?

「乳酸がたまって疲れたよ~」と言いながらレッスンスタジオから出てきた会員さんに、乳酸へのよくある誤解や疲労との相関についてわかりやすく説明しながら会話を広げることができますか? そして、そうした知見を現場に提供するために研究の場でどんな人たちが、どんな想いで実験を繰り返しているか、少しでも思いを馳せたことがありますか?

 このコラムでも何度も書いていることですが、アルバイト雑誌や求人広告で居酒屋やファミレス同様にただの大学生やフリーターを募集し、「トレーナー」と偽ってマシンの名前を並べただけのようなトレーニングプログラムを処方しているのが現在の大部分のフィットネスクラブ、スポーツクラブです。それでいいわけがありません。決して安くないお金を払ってくださる会員さん、クライアントさんへの裏切りだとすら思いますし、心から残念に思います。

 いい加減に、それを改革しよう。貴重な知見をもっと大切に受け取り、実践できる業界にしよう。自分達の業界は“専門職”が活動する場なんだと、これからも声をあげ続けよう。

 今回、研究の現場を覗かせてもらえたことで、改めてそう決意することができました。研究室の皆様やご紹介頂いた関係各位に、心より御礼申し上げます。貴重な機会を本当にありがとうございました。